テニ厨

まったくのテニス無知な親が ウィンブルドンを夢見る我が子を ふわっと見つめる ゆるゆる育児日記

ずうの生態

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母はずっと
ずうのやる気が出たり出なかったする
本当の理由が知りたかった。
 
ずうの話をもとに時系列で振り返ってみると
4年生の前半までは石田コーチの
集中型レッスンなどでグッと伸び、
生き生きとテニスをしていたはずである。
その後石田コーチが異動になり、
A校のシステムが変わり、
年齢的にも公認大会やプロを目指すという事が
どういうことなのかわかってきて、
同時にランキングや周りの目、仲間の動向などにも
意識が行くようになっていったのだろう。
大所帯ゆえに同じカテゴリーの仲間と
たくさん練習できるのは良いが、
何かと摩擦が起きやすかったのも事実である。

薄々感づいてはいたが、結果として
やはりずうの理解者である石田コーチが
A校からいなくなったのは大きかったように思う。
幸コーチとずうは海外遠征に行った仲であり、
母はどこかで
「石田コーチの代わりになってもらえたら…」
などと淡い期待を持っていたのだが
やはりずうも人間、
相性というものがあったようだ。笑

だが、これらすべてにおいて
仮にずうが勝率50%という結果を出せていて
それ相応の自信が持てていたなら
ここまで気持ちが不安定になることも
なかったのかもしれないと
Yプロの話に思いを巡らせた母である。



幸コーチの補講とは↓


褒めてくれた時もありました!↓


集中型レッスンでグッと伸びた頃↓



根無し草になったあの日はこちら↓


決定打だったかも?辛かった事件はこちら↓


Yプロの大切なお話はこちら↓

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普段なかなか自分の気持ちを
言葉にしない(できない?)ずうは
寝る前、母と二人きりの時が
比較的一番よく話してくれる。
移籍を前に、今だから聞けること、
今なら言ってくれそうなことを
探しながらずうとおしゃべりをした。

4コマにまとめてしまうと
スラスラとよく喋る子みたいだが、
本当はだいぶ時間をかけて
ぽつりぽつりと話したずうである。



A校にいたいと言っていたずう↓


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硬式と軟式、ボールが全然違うのに
まるで関係ないかのように
フツーに打ちまくるずうには少し驚いた。
(母は軟式ボールが全く飛ばせないのである)

 普段、格付け的な環境で
何となくどんよりしているずうにとって
中学生のお兄ちゃんたちの対応は
とてもモチベーションが
上がるものだったに違いない。
そしてそんな時のずうは
パフォーマンスも
遥かに上がっているのである。

まー母としては
本気で軟式テニスがやりたいのであれば
反対はしないが、一時的な気分だけで
硬式テニスを辞めてしまうのは反対である。
念のためずうに聞いてみると
「硬式テニスを辞めるはずないでしょ」
という返事が返ってきた。


ずうのぴくぷくはこちら↓





ずうにとっては格付け的?な環境はこちら↓

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何かの話から
弟がテニスをやっていることが伝わり
良かったら連れておいでと
言われたのだそうだ。

いずれずうもお世話になる予定の学校だし
顧問の先生によっては
軟式テニス部に籍を置いていれば
硬式テニスの中体連の試合に出させてくれる

なんてこともあるらしいので
早めに顔つなぎしておくのもひとつである。
d(。ゝェ・´)
 


ちゅみのキビシイ部活(女子テニス部)はこちら↓

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既にAクラス入りしているダイキ君に
久々勝てて嬉しいついでに、
ちょっぴり頑張ってるアピールを
したくなったようだ。
確かに言われてみれば
ここ最近、ずうの部屋から
それらしい気配がした事は何度かある。

そういえば母は小学生の頃、
とても良い子なスケジュールを立て
それをカラフルで美しい表にし、
出来上がった瞬間に
ものすごい達成感を味わってしまい、
結果スケジュール自体は実行することなく
終了したという経験が何度もある。
それでも毎回
作っている時は本気で実行しようと
思っていたのである。
中学生、高校生になってからは
単語帳が毎回そのパターンであった。

つまり
ずうもノートを書いた時は本気であり、
(小学生が毎日続けられる内容とは思えないが)
毎日やっていこうと思っていたはずなのである。
結果相当サボりがちだったにせよ
全く実行しなかった母に比べればまだマシ、
というわけで
ゆるい突っ込みしか入れられない母なのである。


ダイキくんはこちら↓
 

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