テニ厨

まったくのテニス無知な親が ウィンブルドンを夢見る我が子を ふわっと見つめる ゆるゆる育児日記

ずうの生態

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これって
「強くなりたい」
ではなく、
「フェデラーのようにカッコいいフォームで
打てるようになりたい」

でもビミョーになく、
「フェデラーのようにカッコよく打つ
15歳みたいになりたい」

という意味だよなぁ。。。(T∀T)
もちろんその先は
「フェデラーのような強くて華麗なプレーヤーに」
と繋がってはいるのだろうが、
やはり言葉の端々に
強さより見た目のカッコよさを重視する
ずうの生態が滲み出ている。

まあこれからお世話になるC校のコーチに
ずうという生き物を
手っ取り早くわかってもらえる
良い機会になったかもしれない。
 

C校のコーチはこちら↓



フェデラーそっくりの15歳はこちら↓


フェデラーのソロドリルのお話はこちら↓

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ずうがエアガンにハマり、その流れで
兵隊さんの迷彩柄がカッコいいと言うので
以前母がラケットケースを作った時の
生地を出してみせた。
巾着袋でも作ればいいと思ったのに
まさかのぬいぐるみとは。
おそらくずう的には
裁縫も工作や粘土の延長なのである。

とはいえ手縫いというのは
糊や粘着テープに比べ、大変な作業である。
序盤、いつ投げ出すだろうかと
生ぬるく見守っていたのだが
どうにかこうにか
バラバラだったパーツ状態を抜け
それらしい形になってくると、
完成へ向け
ずうの集中力は一気に高まっていった。

これが完成したぬいぐるみ(実物)
ちゅみの部屋で毎日のんびり過ごしている。
408cat

そして母が一緒に作った
幸せを運ぶ(はずの)黒猫は
この日からずうのラケバにくっついて
ずうのテニスを見守っている。
ฅ^•ω•^ฅ



母の手作りラケットケースはこちら↓
 

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母はずっと
ずうのやる気が出たり出なかったする
本当の理由が知りたかった。
 
ずうの話をもとに時系列で振り返ってみると
4年生の前半までは石田コーチの
集中型レッスンなどでグッと伸び、
生き生きとテニスをしていたはずである。
その後石田コーチが異動になり、
A校のシステムが変わり、
年齢的にも公認大会やプロを目指すという事が
どういうことなのかわかってきて、
同時にランキングや周りの目、仲間の動向などにも
意識が行くようになっていったのだろう。
大所帯ゆえに同じカテゴリーの仲間と
たくさん練習できるのは良いが、
何かと摩擦が起きやすかったのも事実である。

薄々感づいてはいたが、結果として
やはりずうの理解者である石田コーチが
A校からいなくなったのは大きかったように思う。
幸コーチとずうは海外遠征に行った仲であり、
母はどこかで
「石田コーチの代わりになってもらえたら…」
などと淡い期待を持っていたのだが
やはりずうも人間、
相性というものがあったようだ。笑

だが、これらすべてにおいて
仮にずうが勝率50%という結果を出せていて
それ相応の自信が持てていたなら
ここまで気持ちが不安定になることも
なかったのかもしれないと
Yプロの話に思いを巡らせた母である。



幸コーチの補講とは↓


褒めてくれた時もありました!↓


集中型レッスンでグッと伸びた頃↓



根無し草になったあの日はこちら↓


決定打だったかも?辛かった事件はこちら↓


Yプロの大切なお話はこちら↓

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普段なかなか自分の気持ちを
言葉にしない(できない?)ずうは
寝る前、母と二人きりの時が
比較的一番よく話してくれる。
移籍を前に、今だから聞けること、
今なら言ってくれそうなことを
探しながらずうとおしゃべりをした。

4コマにまとめてしまうと
スラスラとよく喋る子みたいだが、
本当はだいぶ時間をかけて
ぽつりぽつりと話したずうである。



A校にいたいと言っていたずう↓


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硬式と軟式、ボールが全然違うのに
まるで関係ないかのように
フツーに打ちまくるずうには少し驚いた。
(母は軟式ボールが全く飛ばせないのである)

 普段、格付け的な環境で
何となくどんよりしているずうにとって
中学生のお兄ちゃんたちの対応は
とてもモチベーションが
上がるものだったに違いない。
そしてそんな時のずうは
パフォーマンスも
遥かに上がっているのである。

まー母としては
本気で軟式テニスがやりたいのであれば
反対はしないが、一時的な気分だけで
硬式テニスを辞めてしまうのは反対である。
念のためずうに聞いてみると
「硬式テニスを辞めるはずないでしょ」
という返事が返ってきた。


ずうのぴくぷくはこちら↓





ずうにとっては格付け的?な環境はこちら↓

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